根津公子さんの免職回避
週刊金曜日08年4月18日号
日の丸君が代への「不起立」に対しては様々な意見がある。その是非以上に、どんなに厳しい処分が待っていようとも、自分の信条をどこまでも貫いたことで、都教委からついに「免職回避」を引き出した根津さんの闘いに注目して欲しい。
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免職回避！
信じられない結果だった。根津公子さんの免職が回避されたのだ。
三月三一日十時一五分頃、南大沢学園養護学校（東京都）の二階の窓から根津さんが、手がかじかむほどの冷たい雨に打たれて校門前に集っていた約八〇人の支援者に叫んだ。
「聞いて！ 都教委は私をクビにする理由がないと言いました。停職六ヶ月です！」
とたんに「やったあ！」との歓声と拍手が湧き起こり、なかには号泣する男性もいた。
この日、東京都教育委員会は、卒業式などでの「日の丸・君が代」への不起立を行なった教員二〇人に処分を発令した。一番注目されたのは根津さんだ。根津さんは、昨年の卒業式での九度目の不起立で停職六ヶ月の処分を受け、今年も不起立を行なったため、本人も関係者も免職を予測していたからだ。
九時半に都教委職員二名が来訪すると、いよいよ迫った「そのとき」に支援者はハンドマイクで「皆に愛される先生をクビにしないで！」と悲痛な訴えを繰り返した。ところが結果は免職回避。支援者の前に現れた根津さんも、「よかった！ 教師を続けられる！」と、ほっとした笑顔で停職六ヶ月の発令通知書を広げた。
処分理由は二つだ。一つは不起立。一つが、昨年一〇月、「OBJECTION HINOMARU
KIMIGAYO」（日の丸君が代に反対）のロゴの入ったトレーナー着用に、校長が職務命令違反の判断を下したこと（本誌三月一四日号参照）。つまり、昨年より処分理由が増えたのに、処分は昨年と同じ内容に留まったのである。
「停職処分はとんでもないこと。でもね、みんなの行動がなかったら間違いなくクビにされていました」
根津さんは、都教委への直接要請行動に何十回と足を運んだ支援者と、マスコミ報道による世論が都教委に歯止めをかけたと感謝の念を表した。
異常な処分
確かに、停職処分は他道府県にはない。他県では何度不起立しようと、せいぜい文書訓告どまりだから、都の処分は異常と言わざるを得ない。
この日処分を受けた二〇人の内訳は、停職六ヶ月二人、減給九人、戒告九人。だが戒告のなかには、実質「免職」となった教師がいる。都教委は、不起立を理由に、定年退職などした教員がもう五年間働ける非常勤職員への道を絶っているのだ。
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| ３月２４日、都庁前で日の丸君が代の強制反対 のビラマキをする米山さん。この翌日に再雇用 取り消しの処分を受ける。 |
その一人、東京都葛飾区立東綾瀬小学校の米山良江教諭の不起立歴は二三年にも及ぶ。だが処分回数はゼロ。校長が「起立せよ」との職務命令を出さなかったからだ。だが、根津さんへの支援運動のなかで今年三月の不起立を宣言していたためだろう、米山さんは今年初めて「起立」の職務命令を受けた。
今年三月で定年退職する米山さんは、その後五年間は非常勤職員として働ける都の採用試験に合格していた。そして三月二五日、予定通り不起立を行なうと、戒告、そして同時に合格取り消し処分を受けたのだ。
不起立前日の三月二四日、米山さんはこう語った。
「もし明日立ってしまって、もう五年働けたとしても悔いが残るはず。だから立ちません。若い教員にも、違うと思うことには抵抗していいんだと伝えたいんです」
もう一人、某都立高校定時制の片山むぎほ教諭への処分は残酷だ。卒業式でトイレに行ったことで再雇用が取り消されたのだ。片山さんは定年まで二年残した今年、いったん退職して嘱託として再雇用されることでの教員生活続行が決まっていた。
「母の体調が近年すぐれず、私が夜にいないのを不安がります。だから、全日制の嘱託を希望したんです」
嘱託なら、担任をもつことなく授業に専念できる。つまり、夜に母の介護にも専念できる。再雇用は二月に決まった。だがここで、日の丸君が代と対峙することになる。〇七年度に担任をもっていた片山さんは、卒業式に立ち会う立場にあったのだ。
片山さんは、学校行事での日の丸君が代への起立と斉唱の義務がないことを確認する「予防訴訟」の初期の原告である（地裁で勝訴）。だから不起立をしたいと思った。一方で、どうしても教師は続けたかった。
片山さんの母は、「再び戦争を起こさないためには質の高い教育が必要」と、戦後教師になった人だ。東京都練馬区の教育委員も一六年務め、片山さんに障害児が生まれてからも教職を続けられるよう支援し続けた。
「だから、私には簡単に教職を捨てられないという思いもありました」
違法と考える職務命令には従えない。一方で、再雇用合格後に不起立した教師が一人残らず採用取り消しになっている事実（本誌二月一五日号参照）。片山さんは悩み抜いた。
そして三月七日の卒業式。司会者が「ただ今より卒業式を挙行します」と挨拶する。そのとたん、片山さんを強い精神不安が襲った。慢性化していた頻尿症状を催し、すぐにトイレに駆けこんだ。式場に戻ったのは、君が代斉唱が終わった頃だった。
これを捉えて校長は、「国歌斉唱時に『その場にいなかった』から職務命令違反」との報告を都教委に上げたのだ。そして、戒告とともに嘱託採用は取り消しとなる。
「恐ろしい事例です。不起立は思想・信条によるものですが、トイレに行くという単なる生理的行動も処分の対象にされたんです」
実際、昨年、某養護学校の卒業式で、君が代斉唱時に呼吸器アラームが鳴った生徒のために同伴の看護師が屈みこんだところ、副校長が「立ちなさい」と指導した事例もある。
トイレに行く。それだけで、母と自分の願いが絶たれたことに悔し涙が流れた。片山さんは、四月中に東京都人事委員会にこの件を報告し審理してもらう予定である。
闘いは続く
さて、三月三一日の南大沢学園には、他県の教師数人が支援に訪れていた。どの人も「都の処分は異常」と非難する。ところが、重い処分のない他県では不起立が多いのかと尋ねると、意外にも「少ない」という。
愛知県の小学校教諭の小野政美さん（五九）は「県での不起立はもう私一人です」と語った。
福岡県から来た北原大樹さん（五〇）は二七年間不起立を続けているが、一度も処分されたことはない。だが不起立者は少ない。
「みんな圧力を恐れているんです。保護者や地域から『あの教師はこういう奴だ』みたいに見られることを」
それでも、不起立は続けることに意味があると北原さんは語る。
「続けていると『座れんけど支持する。強制はいけないから』と言ってくれる教師が増えているんです。そのうち一緒に不起立してほしい」
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| 真ん中が倉澤さん |
実際に立ち上がる若い教師もいる。根津さんの闘いに共感した広島県の小学校教諭、倉澤憲司さん（三三）は昨年初めて不起立した。県では、今年さらに四人増えて一三人になった。倉澤さんは、ハンドマイクで叫んでいたーー「根津さん、オレも不起立を貫きます！」
都教委は、この数ヶ月間、根津さんの質問状には「質問のすべてに回答しないことが回答です」と返答し、支援者の要請行動には常に廊下にロープを張り、警備員と若い職員とで人垣を作って入室すら拒んできた。今回の処分への質問にも「個別の案件には答えられません」と、秘密国歌さながらの殻にこもっている。
今回、都教委を相手に免職回避させたのは、「従わない者は処分する」との御真影の時代さながらの強制に抵抗しようと、少しずつ広がる教師や市民の力だ。支援に携わる佐藤丈夫さんは、免職回避を喜んだあと、「不起立の拡大を目指したい。多くの人が不起立すれば、都教委は誰も処分できなくなります」と語った。
根津さんたちの闘いはまだ続く。
