限界集落に集う若者たち

ーー若い衆でやろかいの挑戦ーー

月刊生活と自治０８年７月号

「ここは限界集落から脱却しましたよ」
　力強く語るナス農家の添田潤さんはまだ30歳。添田さんの住む京都府舞鶴市西方寺の平（だいら）集落は６年前まで、住民の多くが高齢者の限界集落だった。それが今、12世帯約30人の集落の平均年齢は53歳。20代、30代の若者が9人、乳幼児も3人いる。さらにもう二人が今年生まれる予定なので、平均年齢はまだ下がる。
　添田さんの近くに住む泉久雄（77）・峯子さん夫妻は「まさかもう一度、村で子どもたちの声を聞けるとはね。子どもの声に村が活気づけられる思いです」と、いろいろな世代が村に集うことに嬉しそうだ。
　平だけではない。西方寺全域と周辺で、若い農業者は今15人を数えるという。その多くが添田さんと同じＩターン就農者だ。添田さんはその理由をこう考えている。
「地域の受け入れ体制があること。そして、僕たちのグループ『若い衆でやろかい』の活動も呼び水になっていると思うんです」


オレたちで村を守りたい

　添田さんは、農業学校の卒業旅行で西方寺平にある同級生宅に泊まったのがきっかけで、その後、同級生の妹と結婚し西方寺平で就農した。初めは、山の奥のえらいところに住んでいるなと思ったという。
「でも、平の人たちのすごいのは、20年前から村がなくなる危機感をベースに行動したこと。『平を守る会』を作って、この山奥までの舗装路実現を行政に陳情したり、棚田オーナー制度を始めたり、新規就農者の積極受け入れも表明していました。実際、僕も受け入れてもらえましたよ。米や野菜をもらうのは日常的でした」
　そして、危機感をもっていたのは高齢者だけではない。同じ西方寺に住む米作専業農家の霜尾喜三さん（29）は、添田さんなど同世代と酒を飲むたび、「このままだと人がいなくなり土地が荒れる。地域の土地を守りたいな」と話し合っていた。そして、5、６年ほど前のある日、西方寺に近い長谷地区から霜尾さんに、「稲刈りなどの作業受託をお願いしたい」との声がかかる。
　声をかけたのは、長谷地区農事組合長の剛谷（こわたに）進さん（80）だ。
「それまで、私ら、地区の稲刈りなどを受託していましたが、もうトシで徐々にできんようになってきたんです。そこで、ＪＡ経由で喜三君に『やってくれんか』と相談させてもらったんですわ」
　霜尾さんは、20代の農業者3人と話し合い引き受けることを決めた。無償ボランティアなら続かないが、有償の作業受託であれば、活動は続くし幅も出る。霜尾さんたちは、耕作放棄地での小豆栽培やビニールハウス建設、そして稲刈りと、頼まれたことは何でも引き受けた。長谷地区だけで、農地の約半分を受託した。その活動がそのまま「若い衆でやろかい」（以下、若い衆。代表は霜尾さん）結成につながったのだ。
　霜尾さんも添田さんも、「長谷から声がかかったのは嬉しかった。家族が増えるような感覚だった」と振り返る。この勢いを持続させよう。若者たちは、月に１〜２度、自分たちで何ができるかを飲みながら話し合うようになった。その結果、たとえば、3年前の盆に数十年ぶりに西方寺で夏祭りを復活させ、地域を活気づけたのだ。
　これらの活動が地元で伝わると、西方寺周辺で新規就農する若者たちが徐々に増えていった。もちろん、その多くが若い衆に加入した。


長谷集落を助けよう！

　そして２００５年、新たな転機が訪れる。
　剛谷さんから「長谷を助けて欲しい」とのＳＯＳが寄せられたのだ。
「その前年10月の台風23号で、田畑が泥と流木で埋まりました。あまりにも被害が甚大で、このままでは村はゴミ置き場になってしまうと恐れたんです」（剛谷さん）
　だが、剛谷さんたちは自らも動いていた。台風で出た土砂で田んぼを埋めたて、300本の柚子を植えての「柚子の里」作りに乗り出したのだ。若い衆もその植栽を手助けした。ところが、台風前後から長谷の人口が目に見えて減りだしていた。
「台風前後の２、３年間で7人が亡くなり、中間層がいなくなったんです。もう私らだけでは限界に近づいていました」
　長谷も限界集落だ。かつての25世帯から今はわずか9世帯14人（70代以上が10人）が暮らすだけ。剛谷さんからのＳＯＳを霜尾さんも添田さんも深刻に受け取ったが、共通の思いがあった。
「問題は、僕たち一人一人の農業が、軌道に乗ったことで、忙しくなったこと。つまり、長谷にかかりきりになれない。長谷を守るには、誰かがここで農業に専念するしかないと思いました」（霜尾さん）
　そこで、若い衆では、かつての自分たちと同じ新規就農者を支援するため、以下のような研修制度を立ちあげた。
　新規就農したての１，２年間は食えない。その間の貯えのない人は、夢はあっても脱落する。そこで、長谷に住む就農者には、一年間、月1万円の家賃補助と6万５０００円の生活費を支給する。返還不要。農業技術は、長谷住民と若い衆が伝授する…。
　すると果たして、研修希望者が現れたのだ。岡山県出身の松岡広司さん（29）は、新規就農するために、あちこちの行政窓口で相談を重ねていた。そして舞鶴市が紹介した若い衆に深い関心を示した。
「農業をやるのは10代からの夢でした。一年間、生活費と技術指導を受けられるとの説明に、安心して、昨年10月から長谷に住むことにしたんです」
　冬の間は、小豆栽培やハウス建設などを手伝ってきたが、春からは、いよいよ念願の米作りが始まった。5月11日は田植えの日。松岡さんは小さな田植え機でそろりそろりと谷間の4反の田んぼに入った。田んぼの床にハンドルをとられるのか、苗の列はところどころで曲線を描く。その孤軍奮闘する様子を、剛谷さんは「まだまだだね」と言いながらも、期待するように頬を緩めていた。霜尾さんが言葉を続ける。
「一年で一人前にはなりません。研修が終わる10月以降、マツ（松岡さん）は、府の支援制度を利用する道もあるけど、それでも僕らはつきあっていくつもりです」
　実際、霜尾さんは、あちこちの耕作放棄地と受託契約し、それを開墾した９町歩もの田んぼで耕作する多忙な日々を送っている。それでも、その合間を縫って週に何度も松岡さんに会いに出かけている。


ここで生きてここで死にます

　Ｉターン就農者の添田さんはこう言った。
「ある意味、僕らが舞鶴の農業を背負っています。ここで就農してから、僕は、自分が何をしたいかより、地域が何を望んでいるかを重要視するようになりました。耕作地を増やし、農に携わる若者を増やすことです。いろいろな世代が一緒に生きるここの暮らしはいいですよ。僕は、ここで生きてここで死ぬつもりです」
霜尾さんや添田さんの願いは、自分たちだけが頑張るのではなく、各地で同様の取り組みが始まることである。

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